ゲルマン人の部族の多くは、すでにキリスト教の異端であるアリウス派を信仰していたが、フランク人は依然として古くからの多神教信仰のままであった。そのフランクを統一したフランク王国メロヴィング朝の王クローヴィスが、496年、アタナシウス派の三位一体説を正統とするローマ教会のランスの大司教の手で洗礼を受け、一足飛びにアタナシウス派キリスト教に改宗した。3000人のフランク人が王と同じく洗礼を受けたという。
その理由は、王妃がすでに熱心なアタナシウス派の信者で、彼女に説得されたという説などがあるが不明である。フランク王国内のローマ系文化人を取り込むことが目的であったとも考えられる。いずれにせよ、この「クローヴィスの改宗」によって、フランク王国はローマ教会と結んで、異端である他のゲルマン諸国に対する「聖戦」を行い、国内のローマ人との融合(同じローマ教会の信者同士となり通婚出来るようになった)を実現することが出来た