フランク王国にとってのクローヴィスの改宗
(引用)ゲルマン人の移住者はガロ・ローマ人(ガリアのローマ系)の住民に対して5%程度の数にすぎなかったといわれ、そのため、ゲルマン人の王が部族の従士たちをこえて住民全体に支配を拡げるには、統治の知識と経験を持つ既存のガロ・ローマ貴族の協力を得て、その組織を利用することが不可欠だった。とくに、貴族は主要都市の司教職を占め、この教会機構が行政機構以上に地方生活に大きな影響力をもっているため、ゲルマン人の王たちにとっては、キリスト教徒の関係が重要な意味を持った。・・・・おそらく496年、クローヴィスはランスの司教レミ(レミギウス)の強いすすめで洗礼を受けて、従士とともにアタナシウス派キリスト教に改宗し、ゲルマンの部族王の中で唯一のカトリックの王となった。教会の権威と貴族の後押しを得たクローヴィスは、異端からの解放という正統性をもって征服を容易にすすめることができたのである。<柴田三千雄『フランス史10講』2006 岩波新書 p.10-11>