で、ある日、いつものようにそんな遊びをしていると、突然走りたくなりました。
岩だらけの下り坂(子供には割と急)な斜面です。
幾ら頭の足りない子供だった私とは言え、ヤバい事は
判っていたはずなのに、えらい勢いで走り出し、盛大にすっころびました。
額を縫う怪我をしてみました。当然です。
当時の私としては、その出来事自体よりも、連れて行かれた病院で
麻酔もせず(脳に近かったからでしょうが……)洗浄縫合された
プチ地獄絵図のみが長く忘れられない思い出でしたが、
成長した今、坂の下でへんに冷静な顔で走る私を待っていた祖母の方が
気になるようになりました。
...もっと見る どう考えてもあの時彼女は、私ではなく、私の少し上、
つまり私が走り出した地点を凝視していた気がしてならないのです。
祖母は長生きしましたが、その時の事を滅多に言う事は
ありませんでした。たまに口にする時も「これで済んで良かった」
みたいな言い種だったものです。
私は「二針縫うだけで済んで良かった」という事を
彼女は言っているのだと思っていましたが、ある日そうなのかと
問い質してみました。
祖母は、「あの時あんたが走ったから、怪我だけで済んだってことだ」
というような事をぽつんと言うと、それきりどんなに聞いても、
その言葉の意味を教えてくれませんでした。