ムード歌謡のコーラスグループ、秋庭豊とアローナイツのボーカルとして活躍した歌手、木下あきら(本名・木下雅彰)さんが3日午前6時43分、消化管出血のため埼玉県内の病院で死去したことが4日、マネジャーの話で分かった。77歳だった。葬儀は近日中に密葬で営まれる
北海道出身。1970年代に内山田洋とクール・ファイブとの間で競作となった「中の島ブルース」や「港です女です涙です」「ぬれて大阪」などのヒットで知られたアローナイツ。木下さんはリーダーの秋庭さんが1990年に44歳で病死したり、メンバーが次々と去った後も「アローナイツ(木下あきら)」としてグループ名義で活動を続けていた
私生活では22歳のとき、北海道でクラブホステスをしていた2歳下の妻と結婚。2人の間に誕生した長男は脳性まひを患い、木下さんは妻が2018年に死去した後も1人で介護を続け、仕事をする際も車いす生活の長男を同行させていた。長男は数年前、介護施設に入居したとの情報もあるが、心残りだったに違いない
日本歌手協会理事長で歌手、合田道人(64)は4日、サンケイスポーツの取材に対し「同郷なので親しくさせていただきました。もともと炭鉱作業員として働いていた木下さんは、気さくな人柄で本当に歌のうまい人だった」と追悼。昨年10月の日本歌手協会歌謡祭に出演を依頼した際も、快諾してくれたという
ところが-。合田によると、その直後に木下さんは脳の病気で倒れて入院。連絡が取れず、心配していた矢先だったという。ちなみに、「中の島ブルース」はもともとアローナイツが歌い、1973年に発売された原曲の歌詞は3番まで札幌を舞台に歌われ、有線を通じてヒットした
このため、レコード会社の企画で、大阪と長崎の中の島を歌詞に追加。当時人気がうなぎ上りだった内山田洋とクール・ファイブとの競作として2年後の75年に再び発売した。その結果、クール・ファイブ盤は50万枚突破のヒットとなり、アローナイツ盤も相乗効果でヒットしたが、木下さんの甘く張りのある生の歌声はもう聴くことができない
木下さん死去を受けて5日、BSテレ東2時間特番「日本歌手協会歌謡祭プレミアム」(25日後7・0)で、木下さんの「中の島ブルース」歌唱映像を追悼放送することが急きょ決まった