ユグノーの増加とその意味
急成長した新教徒に対し、ヴァロワ朝アンリ2世(フランソワ1世の子)は厳しく弾圧を加えたが、カルヴァン派は商工業者層を中心に、貴族にもその信者を広げていった。当時、貴族たちは商工業者の勃興、王権の強化の中で不安定な状態に置かれていたので、疑心暗鬼となり、互いに党派をつくって争っていたが、それに新旧両教派の対立が結びついたと言える。旧教派は大貴族ギーズ(ギュイーズ)家などを中心に「カトリック同盟」を結成、新教徒はコリニー提督や新興貴族ブルボン家と結んで改革派といわれた。カトリック側はカルヴァン派の新教徒をユグノー(乞食野郎、といった意味)と呼んで罵り、新教徒はカトリック教徒をパピスト(教皇の走狗)といってやりかえした。その中間には、高等法院の裁判官や官僚たちが国家統一のために宗教間の融和を説く穏健派である「ポリティーク派」があった