大分市のネタ
大分川と大野川の河口付近に広がる平野部にある都市
大分県全体の半数の工業生産額を誇る。佐賀県や宮崎県の工業生産額にも劣らない
昭和30年代に「新産業都市」に指定される。以後「重厚長大」工業都市へ
社会科見学といえば新日鉄 大分の高炉は世界最大らしい
「軽薄短小」のIT企業の進出も進む
戦国時代は「府内」と呼ばれ、大友宗麟のお膝元として貿易関連で賑わった
宗麟の子が腑抜けで、朝鮮出兵の際に敵前逃亡で改易。それから小さな領地に分割されて停滞
関が原で大友家が豊臣側についたため、大分の江戸時代は不毛の時代
キリスト教が盛んで、イエズス会は日本を都(京都)、豊後(大分)、下(それ以外の九州)の3地域に分けていた
日本で最初の西洋式病院ができた。その病院を作ったアルメイダを記念して、今でもアルメイダ病院という病院がある
「トキハ」の紙袋を持って歩く人が多い。 「トキハわさだ店」は日本最大の郊外型百貨店
中心部はそれなりに都会だが、(野津原、佐賀関を除いても)周辺部では農業が結構盛ん
平野で水も豊富なので、古くから稲作が盛んだった。「大分」という地名自体、「田んぼが多い」→「多き田」→「大分」になったという説がある