ギョベクリ・テペの最初の石のサークルが築かれたのは、今からおよそ1万1500年前。ストーンヘンジより約7000年、エジプト最古のピラミッドより6000年以上も前にあたる。狩猟採集の段階にあったはずの人類が、高さ5.5メートルに達する巨石を据え付け、円形の神殿を造り上げた。彼らは都市も王も残さず、副葬品すら残していない。
この柱の彫刻を「暦」として読み解いたのが、2025年3月に学術誌『International Journal of Culture and History』へ発表されたオレクサンドル・ザヴァリー氏の研究だ。同論文は、柱のモチーフを太陽と月の運行を追うシステム、つまり狩猟採集民が岩に刻んだカレンダーだと位置づけている。文字を持たない人々が、シンボルと数で天体の周期を記録していた可能性が指摘されているのだ。
さらに不可解なのが、この場所の「最期」である。紀元前8000年ごろ、建造者たちは神殿をまるごと土砂で埋め尽くし、立ち去った。遺跡は1990年代に再発見されるまで地中で眠り続けた。なぜ苦労して築いた神殿をわざわざ封印したのか。その理由はいまだ解明されていない