庄内藩は、江戸時代に出羽国田川郡庄内、今の山形県鶴岡市周辺を本拠とした藩です。藩庁は鶴ヶ岡城で、統治したのは譜代大名の酒井氏でした
1622年に最上氏が改易され、そのあと信濃国松代藩から酒井忠勝が入部して庄内藩が成立しました
表高はおおむね13万石台ですが、新田開発により実際の石高は19万石余ともいわれます
江戸中期以降、藩財政の再建や農村復興を目的とした藩政改革を行い、藩校「致道館」を設けて教育・学問を重視しました
城下町鶴岡には、藩校旧致道館など庄内藩ゆかりの建物が残り、今も城下町の面影を見ることができます
幕末には庄内藩は佐幕派として行動し、戊辰戦争で新政府軍と各地で戦いましたが、1868年に降伏しました
その後、明治初年に「大泉藩」と改称し、廃藩置県を経て現在の山形県庄内地方へとつながっていきます