岸和田藩は、江戸時代を通じて存在した和泉国の藩で、藩庁は現在の大阪府岸和田市にある岸和田城に置かれていました。文禄年間に成立し、明治4年の廃藩置県で消滅しました
寛永期以降は譜代大名の岡部氏が藩主となり、明治維新まで13代にわたって岸和田藩を統治しました。石高はおおむね5万石台から6万石で、大坂周辺では有力な大名のひとつでした
領地は和泉国のなかでも、とくに現在の岸和田市周辺や日根郡の大部分などに広がり、城下町岸和田は和泉木綿などの集散地として栄えました
大和川付け替え工事など、幕府の大規模土木事業に動員されることもあり、藩財政への負担は大きかった一方で、新田開発や用水整備などを通じて地域の生産力向上にも関わりました
城下には藩校が設けられ、学問や武芸の振興が図られましたが、幕末期には藩主家の相続をめぐる対立から「岸和田藩騒動」と呼ばれる政争も起きています