1978年イギリスでデビュー。当時は柔道着を来てリングに上がっていた。英国ミドル級チャンピオンになったあと、1980年暮れにロスに遠征し、1981年2月にビクター・リベラを破りアメリカス・ヘビー級王座を獲得。さらにトム・プリチャードとのコンビでアメリカス・タッグを獲得する。一時はメキシコに定着しペロ・アグアヨとWWFライト・ヘビー級王座をめぐって抗争を展開したこともある
日本ではタイガーマスクのライバルとして注目されたが、ダイナマイト・キッドの存在が大きかったため期待通りの活躍は出来なかった。得意技のスーパー・キックと名づけられたソバットの切れ味は鋭く、タイガーマスクを失神寸前に追い込んだこともある
ロスのプロレスが崩壊後はダラスに定着し、女子マネージャーのサンシャインをつけトップ・スターとなる。ジノ・ヘルナンデスとのダイナミック・デュオでエリック兄弟と抗争を展開した。ジノとのコンビで来日も決定したが、直前にジノが急死してしまった。ジノの死後ふたたびシングル・プレーヤーに転向し、WCCW世界ヘビー級王者となり藤波の挑戦も受けている。2001年10月7日ダラス近郊の酒場で射殺さる