ただ、小倉記念はハンデ戦で牝馬ながら57キロ。その活躍と反比例してレース選択の幅は狭くなり、その後はG1戦線で4戦してすべて7着以下。明けて93年も日経賞と大阪杯が6着、春の天皇賞は9着と牡馬一線級を相手に苦しい競馬を強いられ続けることになってしまったのだった。
そんな中で出走したのが93年の安田記念。同じ牝馬のニシノフラワー、シンコウラブリイ、そしてシスタートウショウが1、3、5番人気に推される中、イクノディクタスは14番人気と、この路線でも勝ち負けは難しいとみられていた。ところが、後方を追走したイクノディクタスは馬群を割ってしぶとい末脚を発揮。先に抜け出したヤマニンゼファーには届かなかったが、混戦の2着争いを制し、牝馬の歴代賞金女王の座も獲得したのだった