南チロルはオーストリアとの国境にあるトレンティーノ・アルト・アディジェ州の最北部に位置する領域で、住民の多くはドイツ語を話します。農業地帯でぶどう栽培や牧畜、林業が主要産業
イタリアは第一次世界大戦の勝利にあたって、敗北国オーストリアから南チロルを割譲させました。南チロル人はこれに反発しイタリア軍に対しゲリラ戦を展開するも鎮圧されてしまいます。ドイツ語は禁止され、名前もイタリア風に改められ、支配層もイタリア人に取って代わられ、また南チロルへのイタリア人の入植が進められました。ドイツとイタリアが同盟を結んで以降は、南チロル住民のドイツ移住が進み、7万5000人がドイツへと移住しました
戦後、再び南チロルはイタリア領に据え置かれたため、オーストリアはこれに反発し、南チロル人もオーストリア併合を求めますが認められず。ドイツ語教育とドイツ風の名前を使用する権利、一部自治権は認められましたが、イタリア人の入植が引き続き進み1960年代には約40%程度がイタリア系住民となってしまいました
南チロル人はさらなる自治権を政府に要求し、1972年に南チロル人が住むボルツァーノ自治県は通貨・税・外交・防衛以外の全ての権限を与えられるに至りました
県議会においても民族政党である南チロル国民党は多数政党であり、目下は広範な自治の元、ドイツ系とイタリア系住民の平和的な共存が続いています