さらば、小さな大投手―。球界最年長のヤクルト・石川雅規投手(46)が今季限りの現役引退を決断したことが1日、分かった。プロ25年目の今季は8月27日の巨人戦(神宮)で初登板し、一回途中で左肩痛を発症して降板。家族とも相談したうえで決めた。現役最多の188勝を挙げ、多くのプロ野球記録を打ち立ててきたレジェンド。通算200勝を大きな目標にしてきたが、「勝てなかったら辞める」という美学を貫き、グラウンドに別れを告げる
スワローズの歴史を紡ぎ、伝説を作ってきた男がユニホームを脱ぐ。石川が今季限りでの現役引退を決断。最愛の家族とも話しあった末に身を引く覚悟を決め、既に球団側にも意向を伝えた。 「年齢を重ねてしか見えない景色もあると思う。今年一年はかみしめながらやりたい」
2026年は背水の覚悟で臨んだ。しかし、3月4日に薩摩おいどんリーグ、JR九州戦で左内腹斜筋を肉離れし、開幕は2軍スタート。その後も右足首痛など、今まで感じなかった〝異変〟が体に表れた
8月27日の巨人戦(神宮)。ようやく1軍マウンドのチャンスを得たが、野球人生で経験のなかった痛みに襲われた
4点を先制された一回無死。大城に死球を当てた投球で、左肩を亜脱臼した。それでも、マウンドに立ち続け、坂本には1球目に代名詞のシンカーを投じて中飛に打ち取り、泉口に3球目を右翼線二塁打を浴びたところで無念の降板。苦しむ姿を見せず、何とか抑えようと必死に投じた〝不屈の4球〟だった
「勝てなかったら辞める」―。ここ数年、頭の中には常に「引退」の2文字がちらついていた。心をつなぎ止めていたのはここまで188個も積み重ねてきた「勝利」であり、大きな目標とした通算200勝だった。189勝目を目指して臨んだ今季初登板で1回持たずに降板。通算551試合、3165回⅔を投げてきた左肩が悲鳴を上げた。「肩肘がぶっ飛んで、もう投げられないと思って辞めたい」と口にしていたように、翌28日には覚悟を決めた
プロ25年目。46歳になった今も「本当に野球が大好きなんだよ。こんな最高の仕事はない」と口にするほど野球愛に満ちた野球人生だった。秋田県出身で、秋田商高から青学大に進学。2002年に自由獲得枠でヤクルトに入団し、ルーキーイヤーから12勝(9敗)を挙げて新人王に輝いた。1年目から5年連続を含む11度の2桁勝利を記録。08年には最優秀防御率(2.68)のタイトルも獲得した
口癖は「マウンドに立ったら年齢は関係ない」。近年は、ローテーションが確約されないシーズンが続いたが、毎年開幕投手を目指し、2人の息子と同世代の選手たちとポジションを争ってきた。真摯(しんし)に野球と向き合い努力し続ける姿勢、惜しみなく伝授していく経験と知識は、後輩たちにとって大きな財産となった
24年連続勝利は堂々のプロ野球記録で、24年連続安打も投手ではプロ野球タイ記録。学生時代から酸いも甘いも味わってきた神宮球場でも、ヤクルトの大先輩・松岡弘に並ぶ歴代最多の91勝を挙げており「今があるのも神宮球場のおかげだし、いい思い出も、悔しい思い出もある。大好きな球場だよ」。神宮球場創建100周年のメモリアルイヤーに、神宮で最も勝った男がグラウンドに別れを告げる
「好きなことに夢中になると、あっという間に時間が過ぎる。だから、めっちゃ幸せ。いつか辞めるときが来ても、『本当に幸せでした』と思って辞められると思う」 引退する自分を想像して、こう口にしていた石川。最高で、最幸な25年間を駆け抜けた背番号19が、そっとグラブを置く