第1次ワッハーブ王国 1744年ごろ~1818年
イスラーム教の改革運動であるワッハーブ派が豪族サウード家と結んでオスマン帝国に反旗をひるがえしアラビアに建国した。1803年にはメッカ、翌年にはメディナを占領し、聖者崇拝の対象であった墓を破壊し、偶像崇拝的なものを一掃した。さらに翌年、シリアとイラクに進出。メッカ、メディナを占領したワッハーブ派は巡礼者にその信仰を強要したので、脅威を感じたオスマン帝国マフムト2世は、エジプト総督ムハンマド=アリーに出陣を要請、エジプト軍が1813年にはメッカを奪回し、さらにアラビア半島中央部まで侵入し、サウード家の拠点ダルイーヤを攻撃し、1818年に陥落させた。ワッハーブ王国の樹立は、アラブ人の民族的自覚のはじまりであり、またそれがエジプトのムハンマド=アリーによって鎮定されたことは、オスマン帝国の無力をさらけだすこととなった