1997年にはECWに登場し、当時「ECW対WWF」の敵対アングルでトミー・ドリーマーと抗争していたジェリー・ローラーとも結託。同年9月、ECWとの提携ルートでWWFに再登場。ショーン・マイケルズ、ハンター・ハースト・ヘルムスリー、チャイナらの第1次D-ジェネレーションXに保険会社のエージェントとして参画した[3]。1998年には再度WCWへ移籍し、nWoに加わってカート・ヘニングのマネージャーを担当[3]。WCWには同年の末まで在籍した。
1999年4月20日、心臓麻痺により死去[3]。40歳没。デビューから一貫してヒールで活動し、ベビーフェイスを演じなかった数少ないレスラーだった