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2: アセム雨宮◆UD16NvPYxY
2025-08-28 16:26:02 OMPVG0082

Episode 「苦いマジャ」

 ジャワ人がヤシの葉に鉄筆で文字を刻み、木炭の粉などをすり込んで記録し、マジャパヒト王国時代に作られた『ナーガラクルタガマ(諸国の記述)』や、その後に作られた『パララトン(歴代の王の書)』によってシンガサリ=マジャパヒトの歴史が伝えられている。それらによると、ヴィジャヤが荒地を開墾したとき、渇きにたえかねてマジャの木の果実を食べたところ、非常に苦かったので、その土地を「苦いマジャ」という意味の「マジャパヒト」と呼んだという。マジャパヒトはジャワ島東部の都市スラバヤの南東の、現在のモジョケルト市の南郊にあり、現在はその王宮跡が遺跡となっており、発掘や保存が行われ博物館も開設されている。当時はスラバヤからプランタス川をさかのぼってモジョケルトまで貿易船が来港していたと考えられ、東ジャワの交易を支配することができた。<生田滋他『東南アジアの伝統と発展』世界の歴史13 1998 中央公論社 p.241>
 マジャパヒト王国の都は現在のモジョケルトの近くにあったが、モジョケルトは後のオランダ植民地時代にはジャワ島最大の製糖業地帯として開発され、砂糖プランテーションが置かれた。20世紀の初め、スカルノは父がこの地の原住民小学校の教師として赴任したため、15歳までモジョケルトで過ごした。

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