どんどん領土を奪われて隣国にやりたい放題されまくった
でも唯一幸運だったことは、日本の徳川家のようにはいかなかったけど、オスマン家の最後のスルタンが新政府から国外への亡命を黙認してもらえたことだよね だから、明朝の最後の皇帝やロマノフ朝の最後の皇帝ほどの悲惨な末路は辿らずに済んだ
オスマン帝国が調印させられた、セーブル条約のままだと本当に悲惨だった 現在のトルコ領域はケマル・アタチュルクのお陰
セーヴル条約は、第一次世界大戦後の1920年8月10日に連合国とオスマン帝国との間に締結された講和条約。1918年10月30日に結ばれたムドロス休戦協定を受けての講和条約である。オスマン帝国はこの条約によって広大な範囲の領土を失った