「古事記」「日本書紀」「日本紀略」などに見え、日本武尊が東征途中当地において賊に襲われ、焼き殺されそうになった時、向火を放って難を逃れたので、当地を焼津と呼ぶようになったという
「万葉集」巻3の春日蔵首老の歌には「焼津辺にわが行きしかば駿河なる阿倍の市道に逢ひし児らはも」と詠まれている