「最後の審判」
1533年、教皇クレメンス7世は、ミケランジェロにシスティナ大聖堂の奥の壁に「最後の審判」を描くことを依頼した。1534年、58歳になっていたミケランジェロはフィレンツェを離れ、ローマに居を移した。この年、ローマ教皇はパウルス3世(トリエント公会議の主催など対抗宗教改革を推進した教皇)のもとで作業が進められることとなり、1541年に完成した。この壁画は、それまでにない巨大さと、ダイナミックな人物表現で人々を驚かせ、現代の見る人々をも驚嘆させている。中央のイエスとマリア以外にそれぞれ十二使徒など聖書の登場人物を描いていると思われるが、説明的ではないので誰が誰であるかは結局はわからない。なお、システィナ大聖堂の天井画と壁画は、1980年~94年に大規模な修復工事が行われ、その際にミケランジェロが制作した時期の色彩が再現されている