後に曹操の参軍事(さんぐんじ)を経て、再び尚書郎に戻った。 仲長統は古今にわたる世俗の事件を論説し、それに関する論文を著して「昌言(しょうげん)」と名付けたが、これは全部で24編あった。 そして220年に死去したが、このとき40余歳だったという