天文十七年(西暦一五四八年)、遂に両軍は上田原で激突します。武田信玄は、自らも先頭に立って指揮を執り、得意の啄木鳥戦法をもって村上軍を包囲しようとしました。しかし、義清は信玄の動きを読み切り、敵の策略を逆手に取る巧みな戦術を展開します。地理を熟知した上で、兵を巧みに配置し、武田軍の猛攻をことごとく跳ね返しました