いくら隔離されているとはいえ、自然を相手にした実験が完全にコントロールできるはずもない。
1971年、島の近くを航行していた調査船の女性科学者が天然痘に感染し、帰郷後に周囲の人々を巻き込んで死亡する事件が起きた。翌年には近くの漁師2名がペストで死亡。極めつけは1988年5月、島の近くにいた5万頭ものサイガ(小型のレイヨウ)が、わずか「1時間以内」にバタバタと倒れて謎の大量死を遂げたことだ。
この島から漏れ出した「何か」が風に乗って運ばれた結果であることは、もはや疑う余地もない。
当時、ソ連は国家ぐるみで約5万人もの人員を動員し、工業的スケールで生物兵器を製造していた。しかし、1979年にスヴェルドロフスク(現エカテリンブルク)の施設でずさんなフィルター管理が原因で炭疽菌が漏洩し、100人以上が死亡する大事故が発生。これを機に、ソ連はついに炭疽菌プログラムの破棄を決定した。
そして、行き場を失った最大200トンもの「炭疽菌の泥」は、最終処分場としてこのヴォズロジデニヤ島の巨大な穴に投棄されたのである