もちろん、ビッグレースへの参加資格を所有していたのは、マチカネタンホイザ自身が強い馬だったからに他ならない。
1993年、重賞初制覇となったダイヤモンドSではトップハンデを背負いながら後続を3馬身半も突き放した。続く目黒記念ではライスシャワーを破って重賞2連勝の達成だ。
1994年のアメリカジョッキーCCでは、後に海外重賞制覇を成し遂げるフジヤマケンザンを鋭く差し切り、1995年の高松宮記念ではヒシアマゾンを5着に沈めて勝利した。
父はノーザンテースト、母の父はアローエクスプレス、母の母の父はモンタヴァル。いずれも1960~1970年代に数多くの名馬を生み出した偉大な種牡馬たちだ。そして母系は、皐月賞馬ハードバージや天皇賞馬サクラユタカオーなどを出したスターロッチ系。
いわば昭和という時代の象徴が、マチカネタンホイザの血には凝縮していた。そのことも記憶に残る、名バイプレーヤーである