1993年・第107回天皇賞(春)、ライスシャワーが王者メジロマックイーンを突き放したレースで4着。同年のジャパンカップではレガシーワールドの勝利とコタシャーンのゴール誤認を15着から目撃した。暮れの有馬記念は丸1年ぶりのレースを劇的な復活勝利で飾ったトウカイテイオーの4着だ。
1994年にはビワハヤヒデの天皇賞(春)と宝塚記念、そのビワハヤヒデの引退レースとなった天皇賞(秋)を走り、1995年の天皇賞(秋)ではサクラチトセオーの豪快な追い込みを、ジャパンカップではランドに追いすがるヒシアマゾンを目に焼きつけた。
自身は一度もGIを勝てず、連対すらなかった。だがマチカネタンホイザは、まるでスターホースと自分との差を計ろうとするかのように、強豪たちが繰り広げる幾多の戦いに挑み続けたのである