得意技:ハートパンチ
主要タイトル: インターナショナル・タッグ(トロント版) パシフィックノースウエスト・ヘビー パシフィックノースウエスト・タッグ 北米ヘビー、カナディアン・ヘビー(カルガリー版) IWA世界ヘビー(オーストラリア版) テキサス・ヘビー NWF北米ヘビー ブラスナックル・ヘビー(アマリロ版) WWWFヘビー
参加シリーズ: 41 12(東) チャンピオン・S 44 3(国) 【特】 ワールド選抜・S 48 2(全) ジャイアント・S 結集戦 (*) 49 4(新) 第1回ワールド大リーグ戦 54 2(新) ビッグ・ファイト・S
アントニオ猪木のアメリカ修行時代のライバル。日本プロレスが昭和39年の「第6回ワールド大リーグ戦」にスタン・スタシァーの名前で招聘することが内定していたがこれは実現せず。2年後の昭和41年に東京プロレスに初来日。猪木のUSヘビー級選手権に挑戦し派手なラフファイトを披露している。国際プロレスに登場した際には、ビル・ロビンソンのIWA世界ヘビー級選手権にも挑戦している
全日本プロレスにクラッシャー・リソワスキー名義でベアキャット・ライトの代打として参加後、1973年ニューヨークでペドロ・モラレスからWWWFヘビー級王座奪取してファンを驚かせた
その翌年に新日本プロレスの「第1回ワールド大リーグ戦」にアメリカ代表として来日。予選は4勝2敗2引き分けで通過するが、決勝リーグでは2勝4敗1引き分けと大きく期待を裏切った。この後も来日しているが、中堅クラスにも負けるほど実力は低下していた。1997年に肝臓ガンのため逝去