「かつてあの兵隊の像の右手が挙がっていたという話は、亡くなった父から聞いたことがあります。まだ、自分が幼い頃でした。日露戦争のときに戦死した戦没者の像だと言っていたような記憶があります。あの像の下には、お骨は入っていないと言っていたと思います。お墓は、九州の別のところにあるのでしょう。父は、昔からこの辺に住んでいて、墓地のそばにある空地で遊ぶことも多かったそうです。確かに年月を重ねるごとに右手が下がっていったと言っていました。父は、像を作った人が工作をしていると思っていたようです。戦前には、もう右手は完全に下がっていたようですね。わたしが記憶にあるのは、まだ服などにペンキが塗られていた頃です。濃い緑色に塗られていたと思います。昭和30年代の後半だったでしょうか。まだ、誰かが管理をしていたのでしょうね」(80代の男性)