一種の「神話」となり、本人もそれを自覚していた。
九度山配流中、東西手切れの際に徳川軍を叩きつぶす策を立てていたと言われるが、それも「ワシが大坂に入ったと聞けば、大坂が勝つと見る大名も多くなるだろう」という、「神話」を前提にした作戦だったようだ。
子の幸村に、「この策はワシにならできるが、そなたは広く名を知られていないので無理だ」と言った。
単に楽観的なだけともとれる。配流されてもあっさり許されるという甘い予想しており、そう思ってもいないと辛い流人生活に耐えられなかったとはいえ、自分のしたことが社会にどう受け止めらるかの自覚が弱い