一時は三段目まで番付を落としたが、徐々に復調して幕下上位まで復帰し、十両復帰を目指して長く土俵に上がっていたが、2000年9月場所、東幕下9枚目で2勝5敗と負け越したのを最後に現役を引退。初土俵から一度も休場をせず土俵を勤めた。引退後、一度は母国アルゼンチンに戻り家業の手伝いをしていたが、通訳の仕事に就き再来日した。2002年に日本と韓国で行われたFIFAワールドカップでは、サッカーアルゼンチン代表チームの通訳およびアルゼンチンマスコミ対策のボディガードを務めた。その後、サッカービジネスをメインとした広告代理店で働いている