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5: アセム雨宮◆UD16NvPYxY
2025-08-22 08:50:37 OMPVG0082

前14世紀 ミタンニの滅亡

 エジプト新王国のアメンホテプ4世が宗教改革に専念し、アジア情勢に関心を示さなくなった結果、ミタンニとの関係は破綻した。前14世紀の中頃、ヒッタイトのシュッピルリウマ1世がミタンニに攻め込むと、ミタンニ王家では内紛が起き、トゥシュラッタ王が息子に殺されたことで、ヒッタイトに敗れ、その属国にされた。詳細は不明だが同世紀後半には滅亡した。ミタンニ滅亡の混乱に乗じて、メソポタミア北部でアッシリア人が自立して勢力を回復、アッシュル・ウバリト1世が中興の祖となって強力なアッシリア軍を有し勢力を拡大していく。<小林『古代オリエント史』p.57>
 ただしミタンニの滅亡に関してはヒッタイトと戦って敗れたことで衰退したが、ミタンニに服属していたアッシリアがヒッタイト人から鉄器を学び、次第に有力となってヒッタイトと争うようになり、ミタンニはその両者の緩衝地帯として存続し、前13世紀ごろにまでに事実上滅亡し、アッシリアに併合された、という説明もある。<渡辺和子他『人類の起源と古代オリエント』世界の歴史1 1998 中央公論社 p.304>

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